イスラエル・アデサニヤは1989年7月22日にナイジェリアのラゴスで生まれました。
ガーナでの約10か月を経て、10歳でニュージーランドのロトルアに移り住んでいます。
少年時代は格闘技に関心がなく、日本のアニメや漫画に夢中でした。
学校ではいじめを受けており、のちに武道を志した理由もそこにあると本人が語っています。
キックボクシングを始めたのは18歳のときで、映画『マッハ!!!!!!!!』に刺激を受けたのがきっかけです。
2年後には学業をやめて競技に専念し、アマチュアで32勝1敗の戦績を残してプロに転向しました。
21歳でオークランドに拠点を移し、ユージン・ベアマンが率いるシティ・キックボクシングで練習を始めます。
ここは後にアレクサンダー・ヴォルカノフスキーらも輩出するジムです。
キックボクシングとMMA、二つの競技での下積み
プロのキックボクサーとしては、ニュージーランドとオーストラリアで勝ちを重ね、中国の大会にも数多く出場しました。
2016年にはグローリーのミドル級コンテンダートーナメントで優勝し、2017年1月にはジェイソン・ウィルニスの持つ王座に挑戦しています。
この試合は判定負けでしたが、判定への疑問の声が上がりました。
キックボクシングの最後の試合は、2017年3月のアレックス・ペレイラとの再戦です。
3ラウンドに左フックでKO負けを喫しました。
ペレイラには2016年4月にも判定で敗れており、キックボクシングでは2戦2敗でした。
通算成績は75勝5敗と記録されています。
並行してMMAとボクシングにも取り組んでいました。
MMAのデビューは2012年で、ジェームズ・グリフィス相手にTKO勝ちしています。
ボクシングは2014年から2015年にかけて6試合を戦い、5勝1敗でした。
MMAでは豪州のAFCとHEXでミドル級王座を獲得し、2017年12月にUFCと契約しています。
UFC参戦と無敗の9連勝
UFCデビューは2018年2月のUFC 221(パース)で、ロブ・ウィルキンソンに2ラウンドTKO勝ちを収めました。
その後もマルビン・ヴェットーリ、ブラッド・タバレス、デレク・ブランソンを下し、2019年2月にはかつての王者アンデウソン・シウバを判定で退けます。
転機になったのは2019年4月のUFC 236です。
暫定ミドル級王座をかけてケルビン・ガステラムと戦い、3人のジャッジが全員48対46でアデサニヤの勝利としました。
この試合は年間最高試合の候補に広く挙げられ、2025年にはUFC殿堂のファイト部門に選ばれています。
2019年10月のUFC 243では、王者ロバート・ウィテカーと王座統一戦を戦いました。
1ラウンド終了間際にダウンを奪い、2ラウンドにKO勝ちしています。ここまでUFCで9戦全勝でした。
王者としての防衛戦と最初の敗北
最初の防衛戦は2020年3月のヨエル・ロメロ戦で、判定勝ちでした。
ただし両者とも手数が少なく、内容には不満の声が出ています。
同年9月にはパウロ・コスタに2ラウンドTKO勝ちしました。
2021年3月には階級を上げてヤン・ブラホビッチのライトヘビー級王座に挑みましたが、判定で敗れました。
UFCでの初黒星です。ミドル級に戻ってからは防衛を続けます。
同年6月にヴェットーリ、2022年2月にウィテカーとの再戦、同年7月にジャレッド・キャノニアと戦い、いずれも判定で勝ちました。
ファイトスタイル:距離、フェイント、カウンター
アデサニヤは打撃を軸にする選手で、土台にはキックボクシングとムエタイがあります。
グローリーはキックボクサー時代の彼を、派手で、蹴りに運動能力があり、スタンスを頻繁に切り替え、両手を低く構えて相手をかわしながら返す選手と紹介しています。
MMAでは、視野、距離、タイミングを軸にした立ち技だと評されています。
フットワークで間合いを保ち、ジャブ、前蹴り、蹴りでテンポを刻み、相手が入ってくるところにカウンターを合わせます。
手、肩、腰を使ったフェイントで相手の反応を引き出す点も、繰り返し評価されてきました。
パンチの連打のあとは蹴りや体捌きで離れ、長い打ち合いを避ける傾向があります。
蹴りの種類は、ロー、ボディ、前蹴り、ハイキックの軌道を描く「クエスチョンマークキック」などです。
組み技の局面では、試合を立ったまま広い場所で進める形が基本でした。
SB Nationは、守備面のレスリングが優れていると評しています。ウィテカーとの再戦でもテイクダウンを防ぎ切っています。
ペレイラとの決着、そして王座陥落
2022年11月のUFC 281(マディソン・スクエア・ガーデン)で、キックボクシング時代に2度負けているペレイラと対戦しました。5ラウンドにTKO負けし、王座を失っています。ミドル級での初黒星でした。
2023年4月のUFC 287(マイアミ)ではペレイラと再戦し、2ラウンドにKO勝ちして王座を取り戻しました。
これでミドル級王座に2度就いた選手になっています。この試合は複数の媒体で年間最高KOに選ばれました。
ところが同年9月のUFC 293(シドニー)で、ショーン・ストリックランドに3人のジャッジ全員49対46で判定負けし、王座を失いました。
2024年8月のUFC 305(パース)ではドリカス・デュ・プレシの王座に挑み、4ラウンドにフェイスクランクで一本負けしています。キャリア初の一本負けでした。
4連敗とジムの移籍
2025年2月にはナスルディン・イマボフに2ラウンドTKO負け(リヤド)、2026年3月28日のシアトル大会では、ジョー・パイファーに2ラウンド4分18秒でTKO負けしました。
これで4連敗となり、2023年4月にペレイラから王座を奪って以降、勝ち星はありません。
戦績は24勝6敗で、本人は引退の予定がないと述べています。
2026年5月20日、アデサニヤはベアマンに直接会い、シティ・キックボクシングに戻らないと伝えました。
7月にYouTubeチャンネルで公表し、「必要な変化だった」という趣旨の説明をしています。
9月下旬にはBloody Elbowが、ヴォルカノフスキーのチームがあるシドニーで練習していると報じました。
まとめ:2度の戴冠と4連敗を並べて見る
キックボクシングでの75勝、UFCでの9連勝発進、ミドル級王座2度獲得、そして現在の4連敗まで、アデサニヤの戦績は勝ちと負けの両方で大きな試合が並んでいます。
ペレイラには、キックボクシングで2度負け、UFCで1度負け、UFCで1度勝ちました。
ガステラム戦は殿堂入りしています。
立ち技の距離感とカウンターを軸にした戦い方は、王者時代から現在まで大きく変わっていません。
新しい練習環境でどんな試合をするのかが、次の焦点です。
















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